10年ぶりのマレーシア国内旅行に行ってきました。今回はマレー半島東海岸部のクランタン州、トレンガヌ州、パハン州がメインで最南端のジョホール州にも寄ってみました。マレーシアの有名観光地は西海岸部に多いためあまり外国人観光客は訪れないマイナーな地域ですね。
前回に続きクランタン州の州都コタバルの様子をレポートします。
※ あまりお金のかかる観光はしません。街中をブラブラするのがメインです。
※ マレーシア通貨1リンギッ=¥40で計算しています。4年前は1リンギッ=¥30、円安で悲しい
Ringgit はよく「リンギット」と表記されますが、マレー語では語尾のTは発音しないので現地では「リンギッ」と発音されています。
※ この記事は姉妹ブログ『トラベルダイアリートラタロウ』に
「海外旅行記NO68 マレーシア東海岸部 ① コタバル編」としても掲載されます。
旅の概略
⑧ チャイナタウンに行ってみた
クランタン州に人口の2.3%(4.4万人)しかいない華人ですが、都市部にまとまって住む傾向があるのでコタバルにもチャイナタウンがあります。街の中心にある近郊バスターミナルから徒歩10分、多くの屋台が営業している午前中がオススメ時間帯。

チャイナタウンと言っても大きくはありません。中華門から続く通りの東側に中華飲食店・食材店があるだけ。

中華門にある「鄭和」は人物名。明代の航海者で3代永楽帝の命により大艦隊を率いて東南アジア~インド洋~アフリカ東岸への航海を行いました。
東南アジアでは朝貢化(緩やかな従属関係)を進め、現在中国が東シナ海の領有を主張する根拠のひとつになっています。
イスラム教徒でもあったので鄭和が寄航したスラバヤ(インドネシア)にはそれを記念するモスクが建立されていました。マラッカには寄航していますが、東海岸部には来ていませんけど。

※ 海外旅行記NO66 インドネシア(ジャワ島) ①スラバヤ、マラン編 に移動します。




⑨ タイ仏教寺院がありました
タイ国境に近いクランタン州にはシャム族と呼ばれるタイ系住民が3%(6000人)ほども住むといいますが、多くはコタバルの北側トゥンパット郡に住むとか。大きな座仏像のあるタイ式仏教寺院があるので行ってみた。
市内近郊バスターミナルからD20番バス(2.7リンギッ=¥108)に乗りクランタン川を越えます。ちなみにこのバスの終点はタイ国境の町。国道に近い地域はモスクが多くマレー系が住んでいますが、農村部に入ると雰囲気が変わります。

座仏像のあるお寺がある集落のバス停で降りると、そこにも立派なタイ式仏教寺院・Wat Prachumthat があったので見学します。


境内には人影はありませんでしたが、お祭りや縁日には屋台がでるのかお菓子の看板があります。タイ語も書かれたそれはタコ焼きにも似たカノム・クロックというタイを代表する焼き菓子でした。

境内はなかなか広く伽藍(がらん)も立派。なんだかタイにいるような気になります。境内で野良犬が昼寝しているのもタイと同じですね。
※ 伽藍は仏教寺院の建物を意味しますが、大勢の僧侶が修行をするため広い空間が作られます。ここから何もない空間を「がらんどう・伽藍堂」と呼ぶようになったとか。


道路をはさんで斜め反対側には巨大な座仏像が祀られる Wat Machimmaram です。本堂は閉まっていたので外観のみ見学。


※ この近くには涅槃像(横たわる仏陀)が祀られる Wat Phothivihan がありますが、そこはバス路線からはずれていますので、行くならコタバルから車かな。
※ 金色に輝くタイ式仏教寺院はKLにもあります。KL内タイ旅行の気分になれるのでオススメ。
KLローカル探訪⑦タマン・ジャヤ駅周辺に行ってみた に移動します。
⑩ 街中の情景 Part Ⅱ

コタバルは「新しい街」という意味ですが、名前に反して歴史は古そう。スルタン(地方君主)支配時代から都として栄え中心部には旧王宮などが残ります。市街地も碁盤目状とまでは言えませんが道路が整備され、計画的な街づくりの跡が見て取れます。




ショップハウス(1階店舗、2階住居の古い商業建築)がきれいにリニューアルされた通りもあります。その反面中心部のビル群は古い物が多く、閉店した店舗が目立ちました。
モータリゼーション化して郊外にショッピングモールが増え、車の便の悪い中心部は空洞化している感じでした。大きなビルに入っていたデパート(パークソン)も閉店していました。





⑪ 観光の目玉はイスタナ・ジャハール( Istana Jahar )周辺
コタバル市内観光のMUSTポイントは旧王宮であるイスタナ・ジャハール。小さいが木造の趣ある建築で博物館になっています。
その周辺にも各種博物館、ハンディクラフト・ビレッジ、州立モスク、王室波止場展望塔、中央市場などがあり1日あれば徒歩で全部回れます。
でも1回見れば十分という施設が多く、10年前にも来ているトラタロウは、今回は多くの施設はパスしました。
今回イスタナ・ジャハールを訪れると正面ゲートが工事中。宮殿は公開されていましたが工事ガードに囲まれて撮影しにくかったので過去の画像で代用です。


ハンディクラフト・ビレッジは工芸品販売と博物館。木造の伝統家屋がいい感じ。




⑫ ムハンマディ・モスク
クランタン州の州立モスク。19世紀に木造で建立されたが改装され現在はコンクリート造り。

モスクは信者以外入場禁止の物と礼拝時間以外は入場可の物に分かれます。ここは後者。肌を露出していたり、女性の髪が覆われていない場合はローブみたいな裳のを貸してくれます。



イスラム教は偶像崇拝を禁じているためモスク内部には絵は無し、装飾もほとんど無し。ここも柱の一部に装飾があるだけで見ても面白味は少ないです。
モスク向かいにはイスラム教ショップが何軒かあり、礼拝用グッズなどがおかれていました。中の一軒でデーツ(ナツメヤシ)が売られています。乾燥地帯に適応したヤシの樹なので熱帯のマレーシアでは育たないため全部輸入。乾燥果実のそれは断食明けに最初に食べる物とされ、ムスリム的にはとても良い物だとか。


⑬ 戦争博物館です
州立モスクの裏手、元銀行の建物が戦争博物館として公開されています。日本海軍のハワイ真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争ですが英支配下のマレー半島も戦場でした。
1941年12/8の午前1時過ぎ、山下奉文(やましたともゆき)中将指揮下・第25軍の一部約5000名がコタバルの北10Kmのパンタイ・ダサル・サパに上陸し英植民地軍との交戦がはじまります。
第25軍は複数のルートでマレー半島を制圧・南下し翌年2/15に最終目的地・英支配の拠点シンガポールを制圧しました。



12/8 の深夜1時過ぎ上陸・戦闘が始まりましたが、その70分後に真珠湾への攻撃が行われます。太平洋戦争の始まりは真珠湾攻撃とされますが、コタバル上陸戦の方が早かったのです。


上陸地点であるパンタイ・ダサル・サパ(Pantai は海岸の意)にも行けるようですが、海岸近くに歴史碑があるだけみたいです。


マレー半島・シンガポール(英領マラヤ)は3年半に渡り日本の軍政下におかれます。マレー系・先住民に対しては比較的温和な統治をしましたが、華人に対しては反日的であるとし弾圧をしています。
※2年ほど前KLセントラル駅でバスを待っていたらマレー系の老婦人が我らの国籍を聞いてきました。我らが日本人と知ると日本語の歌を歌ってくれましたが、それは戦争当時に国民的流行歌であった『愛国行進曲』。占領当時に教わっていたら現在は80台半ば以上の年齢のはずだが、そうは見えないほど若々しい人でした。当時占領下の土地で日本兵が子供に教えることがあったようで、その昔ミャンマーに行った時も高齢者が歌ってくれました。
⑭ ビーチに行ったら猫だらけ
近郊バスターミナルからD13番バスに乗り30分で終点。そこには市民の憩いの場 Pantai Cahaya Bulan というビーチが広がります。ただ10月過ぎからモンスーンの影響で海は荒れてくるとか。
雨季にはまだ早いがヘイズの影響か天気は悪くきれいな海とは言えない海岸でした。


週末はそれでも地元民が来るのかもしれないが、ウィークデーなので人影もまばら。その代わり猫影が豊富です。


ムスリムは「犬は不浄」として飼いませんが猫は大好き。あちらこちらに猫がいますが、このビーチは沢山の猫がたむろする猫ビーチとなっていました。マレー語だとパンタイ・クチンかな。


マレーシアでは猫はかわいがられるので猫も人をあまり恐れません。食堂などではおこぼれをもらう「おねだり猫」もよく見かけます。ビーチにもいました。
⑮ 旅のB級グルメ
クランタン料理はタイの影響を受けた物も多いらしいが、その代表がミーチェラップ。牛骨や鶏ガラで取った澄んだスープに黄色い麺やクイティオ(米の太麺)を合わせます。


タイの麺は美味いので期待したが、選択を失敗したのかあまり良くなかった。1杯6.5リンギッ(¥260)。
暑いマレーシアには氷菓もありますがチェンドルがオススメ。甘い香りのパンダンの葉を入れた短い麺状の物がチェンドル。ココナッツミルク、黒糖などをベースにした蜜と砕き氷と共にいただきます。トッピングにはカチャン(豆)やトウモロコシをお好みで。チェンドル・プレーン(¥160)、カチャン入り(¥200)。
ロティ・バカールもあったのでいただく。ロティはパンの総称でバカールは「焼く」。マーガリンを溶かした鉄板で焼きカヤジャム(サトウヤシ)を塗りました。4リンギッ(¥160)歩き回って疲れた体に甘味がしみますね。


コタバル中心部は空洞化が進んでいるためか飲食店が少な目。お宿近くのインド料理店での夕食はメインにご飯、野菜、ソースを合わせたもの。豆揚げセンベイのパパドがつくのがうれしい。


⑯ そうだったんだクランタン州
クアラルンプールに住んでいるとはいえ地方の様子は案外知らないものです。今回いろいろ調べていたら「そうだったんだ」という諸情報が出てきました。
KTM(マレー鉄道)は西海岸側の主要都市を通過しますし、シンガポールやバンコクにもつながるので観光旅行にも便利な路線。
そしてKTMにはコタバルにつながる東海岸線もありました。スグリ・スンビラン州のゲスマ駅(聞いたこともありません)からクランタン州のトゥンパッ駅を結びますがコタバル市内には乗り入れていません。
全長528Km、全67駅のそれは熱帯雨林地帯を通るためジャングル・レイルウェイと呼ばれるとか。KLセントラル駅からゲスマ駅に行く列車もあるので、東海岸線でコタバルに行くことも可能。だが15時間以上もかかりそうなのでよっぽど鉄道が好きじゃないと大変そう。
※ 2026年12月にKL・コタバルを結ぶ新路線・東海岸鉄道(ECRL)が開業予定で、工事現場もちらりと見ました。でもまだ建設中という感じで予定通にはいきそうもない。

これがKTM東海岸線です
クランタン州ではバハサ・クラッテと呼ばれる独特のマレー語が話されているらしい。ネイティブのマレー系でも理解しがたい難しさで、日本で言えば津軽弁や沖縄方言みたいなものかな。
ただこれはタイ南部でも通じるらしい。クランタン州やタイ南部には14~19世紀にかけてパタニ王国という独立国が栄えており、昔は同じ国でした。タイ南部にはムスリムが多く分離独立運動があって治安も不安定だとか。

コタバルでは店の看板にマレー語や漢字と並んでアラビア文字が書かれていました。これはマレー語を表記するため改造されたジャウイ文字という物。アラビア文字では発音できまいマレー語があるため新造の文字が追加されているらしい。ちなみにトラタロウのアラビア語知識は الله (アッラー(フ))のみです。
クランタン州の住民は国境パスを取得しておけばタイ南部5州に限りパスポート無しでも出入りできるそうです。島国出身者には分からない感覚ですね。
これでクランタン編は終了です。次回はトレンガヌ州に移動します。

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