日本では普段「日の丸」は公官庁・公立学校ぐらいでしか見かけません。それに対してマレーシアは国旗を見かけることが多い国です。特に8月~9月半ばにかけては独立記念日と現在のマレーシアの原型ができたマレーシア・デーがあるため街は国旗だらけ。2025年の独立シーズンをレポートします。
※ ムルデカ(Merdeka)はマレー語で「独立」を意味します。
① とにかく国旗だらけ

その昔のマレーシアには各地にイスラム教の小王国がありました。現在も9つの州にスルタン(イスラム教の君主)がおられます。
その後ポルトガル、オランダなど欧州列強の侵略が続き、最終的にイギリスによる支配となりました。
第二次世界大戦中は日本の占領下にありましたが、戦後1957年8/31に独立を達成し、この日がHari Merdeka(独立記念日)なのです。

KL中心部にあるムルデカ(独立)広場で初代首相トゥアンク・アブダル・ラーマンが独立宣言を発します。
独立当初の領域はマレー半島部だけでしたが、1963年9/16にボルネオ島北部のサバ州・サラワク州とシンガポール(後に分離・独立)が加わり、この日がHari Malaysia(マレーシア・デー)となります。
この2つの建国記念日が近づくとクアラルンプールは国旗だらけになります。



マレーシア国旗は Jalur Gemilang (ジャロー(ル)・グミラン)は「栄光のストライプ」という意味。14本の紅白ストライプは13の州と連邦直轄地クアラルンプールを表します。月と星はイスラム教のシンボル。
ビルや通りには国旗が配され、商店や個人宅でも飾られるのです。






マレーシア国旗乗り物編
各種の乗り物にも国旗がデザインされたり、飾られたりします。






KL市内を自転車で走るトラタロウですが、自転車とヘルメットに国旗をつけています。これは目立つことでドライバー・ライダーに視認してもらい交通事故を防ぐため。いつもやっている事ですが、ムルデカ・シーズン中は現地人(特にマレー系)にうけますね。


国旗フィーバーのマレーシアですが、地域によって温度差あり。マレー系、華人(中国)系、インド系の三大民族がいるのですが、民族ごとに分かれて住む傾向にあります。マレー系は国旗フィーバーですが、華人系・インド系はちょっと冷めた感じ。
ムルデカ・セールも開催です
当然ながら独立記念日とマレーシア・デーは休日。この期間はムルデカ・セールで繁華街もにぎわうのです。特に今年のマレーシア・デーは火曜日でしたが、政府が月曜日も休日としたため土曜~火曜の4連休(この国はいきなり休日が増えたりします)。


民族意識が高揚するためかマレー系の民族衣装(女性用バジュ・クルン、男性用バジュムラユ)も売れるようです。
一番売れるのはイスラム教の断食明けのお祭りハリラヤ・プアサですが、ムルデカ・シーズンもそこそこに売れるみたい。
マレーシア・デーのあたりで民族衣装を着て集まろう、というイベントが開催されます。
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マレー系の女性はイスラム教徒が多いため外出時には頭部を覆うヒジュラ(マレーシアではトドゥンと言います)を着用します。当然のようにムルデカ・バージョンもありました。



華人・インド人が着ているのは見たことがありません。
様々なムルデカ・イベントがあります。



街頭のお祝いデコレーション
街頭でひときは目立つのが政府の出すお祝いデコレーション看板。言いたいのは同じ国旗の元で「各民族仲良くしてくれ」、少なくとも「ケンカはしないでね」。
マレーシアは多民族国家。特にマレー系、華人系、インド系が多く、かつては200名近い死者を出す民族対立暴動もありました。現在は表面的には落ち着いて見えますが、各民族とも不満を抱えてます。

よく見かける Kebangsaan の文字はマレー語で「国民、民族」の意。


KLの繁華街ブキビンタンには巨大電光看板。

パビリオン前の
ムルデカ電飾


現在マレーシアの民族構成はマレー・先住民系70%、華人系23%、インド系7%ぐらい。
宗教はそれぞれイスラム教、仏教・道教、ヒンドゥー教が多く、文化や食生活が違います。
政治的には多数派のマレー・先住民系が強く、経済は華人系・インド系が優位。
お互いに思うところは多いけど、独立記念日ぐらいは一緒に祝ってねという感じ。現実には華人系・インド系は一歩引いている雰囲気です。

ムルデカ・シーズンに限らず、三大民族の融和を表すようなイメージ画像がよく使われるマレーシアです。
「融和しています」ではなく「融和してね」という願望です。
※ 看板によく描かれる MADANI は現アンワル政権の標語。詳しくはこちらをご覧ください。
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